夢逢人かりそめ草紙

日常のあふれる思いを心の発露として綴り・・。

ときおり『おひとりさま』になる私は、微苦笑を重ねて・・。

私は東京の調布市に住む年金生活の81歳の身であり、
私より5歳若い家内と共に、古ぼけた戸建てに住み、
私たちは子供に恵まれず、二人だけの家庭で、ささやかに過ごしている。

こうした中、昨日の早朝、家内は家内の母が入院している医療スタッフより、
病状が悪化している、電話連絡を受けて、
やがて家内は、始発の電車を待ちわびて、病院に向かった。

そして、数日は家内の妹共に、家内の母宅に泊まる予定、
と私に言ったりした。

やがて午後3時過ぎ、家内より家内の母は、危篤に近い状況であるが、
医療スタッフに見守られている、
妹と共に今後は対処する、私は電話連絡を受けたりした。

私は久々に『おひとりさま』かょ・・と、微苦笑を重ねたりした。

私は学生時代は実家より、結婚してからも単身赴任をしたことがなく、
ある民間会社を35年近く勤め、やがて2004年の秋に、
定年退職となったりした。

この間、夫の私は家計の責務で奮闘して、
家庭のことは、庭の手入れをする以外、
家事のすべてを家内に頼ったりした・・。

そして多々の理由で、私たち夫婦は年金生活を始めた・・。

定年前のサラリーマン時代の私は、数多くの人たちと同様に多忙で、
家内は、我が家の専守防衛長官のような専業主婦であり、
日常の洗濯、買い物、料理、掃除などで、
家内なりの日常ペースがあり、この合間に趣味などのささやかな時間を
過ごしてきた。

そして定年後の年金生活を始めた私としては、
このペースを崩すのは天敵と確信し、
平素の買物専任者を自主宣言し、買物メール老ボーイとなったりした。

こうした中で、私の平素の朝食と夕食は、
家内と共に談笑しながら頂いているが、
年金生活の当初より、昼食だけは、お互いに制約することなく、
自由食としている。

私たち夫婦が年金生活を始める直前、
家内の父が病死となり、残された家内の母は、
遠方に戸建てに一人住まいとなったりした。

やがて長女の家内は、毎月、6泊7日前後で、
家内の母宅に行き、季節に応じた衣服、暖冷房関係、掃除などで、
行ったりしてきた。

この間、我が家では、私が『おひとりさま』の生活をしてきた。
そして私は、掃除、洗濯、簡素な料理など手抜きながら、何とかしてきた。

やがて家内の母は体調を崩し、病院の付き添いなどを含めた介護で、
家内と家内の妹で、交互に宿泊してきた。

やがて家内が7年前に、亡くなる確率の高い膵臓(すいぞう)がん、
と医師から伝えられて、退院後に私たち夫婦は、
終末治療の扱い、葬儀、お墓、残された方の生活のありかた、生活費など、
考えられる範囲で話し合ったりした。

こうした中、家内は家内の妹に、茶道具、和洋服など、
贈与するために宅配便などを活用して、幾たびも送付したりしてきた。

これ以来、家内は《・・私がいなくなって困るのは、あなたょ・・》、
と無言ながら、家内に叱咤激励されながら、
何かとノロマな私でも、掃除、洗濯、料理などをしたりしている・・。

しかしながら料理は、いつまでたっても初心者となっている。

やがて家内は体調が万全ないが、
家内なりに先立って掃除、洗濯、料理してくれ、
私は補欠のような立場となっているのが、
我が家の家事に関して実態である・・。

昨日より、『おひとりさま』の私は、夕食の時に、
話相手のいない私は、録画してあった黒澤明・監督の『影武者』を
少なくとも6回は、視聴してきたが、本の再読と同じように、
私が気づかなかったところがあったりした・・。

本日は、朝より洗濯を最優先とした。
タオル、バスタオル、下着など、洗剤、柔軟剤を入れて、
あとは洗濯、脱水、乾燥のステップ・・
認知症の予防に最適、と微苦笑したりした。

こうした中、朝食、洗い物したりする中、
家内よりの電話連絡を待ったりした・・。

家内の母の病状・・最悪の場合は、96歳で老衰となるが、
こうした悪い知らせは避けたく、
午前11時過ぎ、家内より、母に話しかけたら、何とかうなづく・・、
と私は電話連絡を受けて、安堵したりした。

やがて、明日の夕方まで、『おひとりさま』になる予定の私は、
最寄りのスーパーに行って、これからの夕食、明日の食事関連、
買いに行こうか、と微苦笑を重ねたりしている。


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