夢逢人かりそめ草紙

日常のあふれる思いを心の発露として綴り・・。

ときおりボケる78歳の私、言い訳のひとつには・・。

私は東京の調布市に住む78歳の年金生活の身であるが、

こうした中、確か8年前の70歳の頃から、
齢を重ねるたびに、物忘れが多くなった、と改めて気付き、
独り微苦笑する時もある・・。

たとえば家内とテレビの旅番組を共に視聴したりしている時など、
あそこも行ったよねぇ、と私は家内に言ったりした時、

その地の情景などは鮮やかに重ねることができても、
肝心の地域名が言葉に出来ないことが、もどかしさを感じることがある。





こうした中、ブログの投稿文の中に於いても、
ボケたことをして、苦笑したりしている。

ボケたひとりの『言い訳』を恥ずかしながら、発露する・・。

16日の投稿文の中で、《・・
ぼんやりとを眺め・・》、
と明記している癖に、

17日の投稿文のタイトルに於いては、
《・・梅雨の間の晴れ間、初夏の多彩な花に、めぐり逢えて・・。》、
と明記していて、投稿して夕食後に気付き、赤面したりした・・。



もとより『』は、梅雨の時節に不意に訪れる晴れ間、
古来から伝えられ、
6月に使われる時候の挨拶ともなっている。

恥ずかしながら、17日のタイトルは、
物思いに耽(ふけ)りながら、梅雨の間の・・晴れ間だよなぁ、と明記してしまった。

ときおりボケたような私の悪い癖で、苦し紛れの言い訳である。



余談であるが、古来より太陽より舞い降りる光を、
『日差し』と表現される世の中が多いが、
私は中学一年生の頃より、太陽より恵んで下さるので『陽射し』と表現してきた。

そして英語の辞書を引くと、
日差し → sunlight
陽射し → sunshine 
と明示され、微苦笑し、英語に苦手な私でも、『sunshine』の方が好みかしら・・、
と微笑んだりしている。