先程、パソコンを立ち上げて、ヤフー・ジャパンのライフ記事を見ている中、
『 森永卓郎が驚愕の事実を指摘
~年金2000万円問題、本当に必要なのは6000万円也!~ 』
と題された見出しを見たりした。
私は東京郊外の調布市に住む年金生活の74歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
雑木の多い小庭の中で築後40年が過ぎた古ぼけた一軒屋に住んでいる。
そして私より5歳若い家内も、お互いに厚生年金、そしてわずかながらの企業年金を頂だいた上、
程ほどの貯金を取り崩して、ささやかな年金生活を過ごして、早や15年となっている。
このような私であるが、何かと明晰な提言をされる経済アナリストの森永卓郎さんの論説には、
私は多々学んできたので、どのようなことかしら、と思いながら記事を読んでしまった。
この記事は、ニッポン放送の「垣花正 あなたとハッピー!」(7月10日放送)に
経済アナリストの森永卓郎が出演されて、
年金2000万円問題について、本当は6000万円必要であるという驚愕の事実を指摘した論説であり、
ニッポン放送より2019年7月14日に配信され、無断であるが転載させて頂く。
《・・森永卓郎が驚愕の事実を指摘 ~年金2000万円問題、本当に必要なのは6000万円也!

☆年金2000万円問題
年金2000万円問題とは、6月3日に金融庁が高齢社会における資産形成・管理という報告書を出しました。
それは「65歳の時点で、それ以降年金だけで暮らすには2000万円必要ですよ」というものです。
この報告書は、麻生大臣が不適切だから受け取らないとして問題になりました。
参議院選の最大の争点になっていますが、推計はシンプルです。
いまの統計で見ると、無職の高齢2人暮らし世帯の支出は26万5000円、
収入が21万円なので、差引毎月5万5000円の赤字が出ます。
☆95歳で死ぬとは限らない
金融庁が出した2000万円という額は、
毎月5万5000円の赤字を65歳から95歳まで30年間積み上げれば、
2000万円だという単純な掛け算です。
ただ、この試算は過少推計です。
なぜかと言うと、1つは95歳で死ぬとは限らないことです。
女性だと100歳まで生き残る可能性は20%、105歳まで生き残る可能性が5%弱あります。
30年間ではなく、40年間用の準備をしなければいけないというものが1つです。

もう1つは、21万円の年金収入が続くと想定していることです。
いま年金は賦課方式といって、現役世代が払った保険を、その年の高齢者が山分けする仕組みです。
今後は、どんどん支え手が減って行きます。
現時点では、2.1人で1人の高齢者を支えていますが、
いまの大学生が高齢層に入る2065年には、1.3人で1人を支えなければいけません。
そうすると分け前が減るわけですから、年金は落ちて行きます。
共産党が質問主意書を出して、
「いまマクロ経済スライドをやっていますが、これによって国民年金がどれだけ減りますか」
と聞いたら、政府の回答は3割減ると。
政府が国会でいま答えているものでも3割減ります。
しかし、私の計算や5年前の財政検証だと4割減ります。
つまり、年金は減るから赤字は増えます。
私が計算した結果によると、105歳まで生き残る可能性があるため
40年分用意しなければいけません。
年金が減って行くことも考えると、不足額は5780万円。
これは無理です。サラリーマンの生涯年収は2億しかありません。
2億から6000万円を貯められるはずがありません。

では、どうすればいいかと言うと、生活の基本は収入の範囲内で暮らすということです。
公的年金が削減されて行くと最終的に、いま23万円の厚生年金の給付が13万円まで落ちます。
夫婦で13万円です。
東京都心部に住んで13万円は不可能です。物価も家賃も高いですから。
☆「都会田舎」に住む
「都会田舎」に移住するということです。
「都会田舎」とは、圏央道沿いくらいのところ、海老名、八王子、入間、川島、久喜、茂原などです。
そこは、いちばん物価が安いです。うちもその近くです。
私は平日は東京で過ごして週末は帰っていますが、実感で言うと3割くらい物価が違います。
家賃はバス便のところであれば、東京の10分の1です。
年金生活に入った人は、ほとんど所得税や住民税を払わなくてすみます。
国民健康保険だけは、6000円くらい払わなければいけないのですが、あとはかかりません。
医療費がかかると思われますが、高齢者になると高額療養費制度で負担が抑えられるので、
大病でも数万円で済みます。
「都会田舎」に住めば、夫婦で13万円で生活ができるのです。
生活費が13万円に収まっていれば、
あとは貯蓄や好きな仕事でバイト代を稼ぐなどして暮らせればいいのです。
国は成長戦略の実行計画のなかで、
70歳まで働くということを基本にしようと打ち出していますが、男性は72歳が健康寿命です。
70歳まで働くと、健康寿命まで2年しかありません。
私は65歳から13万円での生活スタイルを確立しながら、
不安なく楽しみながら生活することを提案します。
金にならなくていいのであれば、楽しい仕事はたくさんあります。
例えば、児童施設や高齢者施設を回って手品や紙芝居をするとか。
いつも私が言っているようにアーティストになるとか。
65歳からは自分の趣味をメインにして、楽しんで生きましょう。・・》
注)記事の原文に、あえて改行を多くした。
私は今住んでいる処は、私の生家も近くにあるので、
私自身としては結婚前後の5年を除き、 この地域に住んで、早や69年近くとなっている。
最寄駅としては、京王線の場合は、『つつじが丘』、『仙川』の両駅は徒歩15分である。
或いは小田急線の場合は、『喜多見』、『狛江』の両駅は徒歩20分となり、
そして私が長年通勤で利用した『成城学園前』駅は徒歩30分となっているが、
何かしら京王線と小田急線にサンドイッチされたかのような辺鄙(へんぴ)な地域に住んでいる。
いずれの最寄駅までの路線バスの利便性は良い所で、 たとえば都心の新宿のデパートに買物に行っても、
電車を利用すれば、我が家よりデパートの店内に45分ぐらい、
或いは東京駅でも我が家から一時間前後となっている。

私は民間会社の中小業のある会社で35年近く奮戦し、
2004年(平成16年)の秋、定年退職となり、 多々の理由で年金生活を始めたが、
平素の買物ぐらいと思い立ち、私は自主的に買物の担当となったりした。
そして家内から依頼された品を求めて、私は独りで歩いて7分前後にある最寄のスーパー2店か、
或いは最寄駅まで歩いて、数多くスーパー、専門店で買い求めたりしている。
最寄駅までは、利便性ある路線バスは頻繁に走行しているが、
季節のうつろう情景を眺めたり、 歩くことは何よりの健康の源(みなもと)と信愛している私は、
原則として路線バスに頼らず、 ひたすら歩いて往還している買物メール老ボーイとなっている。
そして買物メール老ボーイの責務を終えた後、帰宅後も私は独りで外出して、
自宅から3キロ以内の周辺にある遊歩道、小公園などを散策して、季節のうつろいを享受している。
こうした根底として、もとより健康でなければ、自身の日頃のささやかな願いも叶わないので、
いつの日にか認知症、或いは脳梗塞などの難病に遭遇したら、困窮するので、
ひたすら歩き、ときおり大股で歩いたり、或いは足早に歩くことが多くなっている。
そして70代の4年生して、心身共に自立し健康的に生活できる健康寿命を意識して、
確かな『生きがい』と『健康』、そして『気力』を持続できるように、 ときおり願いながら歩いたりしている。

こうした中、我が家の周辺の住宅街は自家用車があるが、
我が家には、自動車がない稀(まれ)な家となっている。
過ぎし2004年(平成16年)定年退職後は、多々の理由で年金生活を始め、
若き25歳前後の生家の自動車を活用して盛んに各地を走行してきたが、 この後はペーパー・ドライバーを長年過ごしきたが、
この機会に自動車を購入して、 私たち夫婦は、国内の各地をドライブしょうかしら、と夢想したりした。
しかしながら私は、無念ながら反射神経が鈍(にぶ)くなった感じ、その上に小心者の為、
万一、交通事故で人さまに傷つけたりして被害者はもとより、加害者の私でも心身の傷を深く残すので、
自動車の運転免許証の更新時に破棄して、自動車の運転を断念したひとりである。
こうした中で、買物、散策などは路線バスにも乗らず、歩いたりしている。
そして駅までの15分前後の道のりも、路線バスなどに頼らず、殆ど歩いたりしているが、
冠婚葬祭、旅行、都心で懇親会などの場合は、タクシーを利用する時があるが、 年平均として3万円前後となっている。
過ぎし私の40代の頃、ひとつの夢を漠然とし考えたりしたことがあった。
私たち夫婦が住んでいる住宅街のそれぞれ住宅が密集し、ともすれば何かしら息苦しい住宅街より、
解放感のある地方の山里に、と想いを馳せたりした。
たとえば八ヶ岳の別荘地の分譲地などで、のんびりと生活することを夢想したりした。
しかしながらこの当時の私は、都心に通いサラリーマンの身であるし、
住んでいる一戸建ての住宅ローンも多額に残っていたので、
もとより収入を別途に挙(あ)げる自信はなく、夢だよねぇ、断念した。
やがて50代の後半になると、山里に300坪前後の土地を求め、
クヌギ、コナラなどの落葉樹の中、平屋建ての30坪ほどに住むことも考えたりした。
この当時は、住宅ローン等の返済を終えていたので、
定年退職する60歳になった時は、 自宅を売却して買い求めて、
老後の生活資金を配慮した場合でも、何とか出来ると思ったりした。
こうした私の根底には、私の住んでいる近くに私の生家もあり、
私は1944年(昭和19年)の秋に農家の三男坊として生を受けた。
そして私が小学校に入学した1951年(昭和26年)の春の当時、
祖父、父が中心となって、小作人だった人たちの手助けを借りて、程ほど広い田畑などを耕していた。
或いは祖父の所有していた広い田んぼの中には、小さな川が流れたり、 湧き水もあり、
竹林、雑木林が母屋の周辺にあった。
そして母屋の宅地のはずれに土蔵、物置小屋と称した納戸小屋が二つばかりあり、
はずれに小さな稲荷を保有して、この地域の旧家は、このような情景が多かった・・。
このような生家は、周辺は平坦な田畑、竹林、雑木林などが拡がり、
少し離れた周辺はゆるやかな丘陵であり、国分寺崖、と学校の先生たちは称していた。
その後、私が1953年(昭和28年)の小学2年の三学期に父が病死し、
翌年の1954年(昭和29年)の5月に祖父も他界され、 生家は大黒柱の2人が亡くなり、没落しはじめた・・。
そして1955年(昭和30年)の頃から、都会の人たち達が移住してきて周辺に家を建てられ、
私が小学校を卒業した1957年(昭和32年)であるが、
この頃になると都心に勤める方のベットタウンとなり、新興の住宅街に大きく変貌した。
私は消えてしまった故郷の情景、時代の変貌に戸惑いながらも愛惜感を秘め、
このような私の思い、漠然とした山里に平屋建ての生活を家内に相談したら、
日常生活の買物、交通・病院などの利便性から、反対された。
『貴方の好きな本屋さんだって、今は歩いて行ける範囲ょ・・まして、スーパーなどの買物だって・・』
と私は家内に言われたりした。
やがて具体的に指摘されれば、私は確かに好きな音楽CDとか、映画のDVDを購入する店、
或いは本屋に寄って、単行本、新書本、文庫本、雑誌コーナーを見て、
興味を持ったのに手を取ったりして、 やがて買い求めたりする空気が好きで、ここ50数年の習性のようになっている。
そして時折、お洒落(しゃれ)た居酒屋に入店して、知人と談笑するも欠かせなくなっている・・。
『貴方、60代の心身元気なうちは良いとしても、70代頃からの身体が弱ってきた時の事も考えて・・』
と私は家内に言われたりした。
確かに山里に住めば、自動車は必須事項だし、買物も一週間まとめて購入し・・と思ってきたが、
身体の弱った時の通院、そして都心の郊外の文化と利便性には勝てない、と断念した。

こうして私の淡き夢も消え、定年退職後の年金生活の中、
住宅街の密集地から抜け出して、 我が家より3キロ範囲の遊歩道、小公園、公園などをひたすら歩き、
季節のうつろいを享受したりしてきた・・。
或いは家内との共通趣味のひとつの国内旅行で、各地域の観光ホテルに滞在して、
周辺の山里、街はずれ、街中を歩き廻り、その地の御方と談笑したりして風土、文化を学び、
その地の景観に心身共にゆだねて、遊学したりしている。
我が家は、私が定年退職する数年前、雨戸、外壁、垣根、門扉など最小限にリフォームをしたりした。
そして昨今、古惚けてしまった家に住んでいるが、少しペンキが剥がれかかった窓枠などを見たりして、
たとえ家を建て直すと、少なくとも数千万円を要し、老後資金が乏しくなり、
訪れたい国内の各地にも旅行費の捻出に、困苦すると思われるので、やむなく私は微苦笑したりしている。
そして我が家の固定資産税は土地が毎月3万円ぐらい、老朽化した家は毎月5千円ぐらいと評価され、
四半期毎に納入しているが、当面この状態で過ごしたいよねぇ、
と私たち夫婦は話し合いながら、微苦笑したりしている。
こうした中、私たち夫婦は、年に数回は都心のデパートに買物に行ったりしているが、
私たちは人出多い中、齢を重ねるたびに苦手意識となっている。
そして帰路、最寄駅のひとつ『成城学園前』駅で下車した後、
付近の食事処で遅い昼食を頂きながら、ほっとしているのが実感となっている。
何よりも安楽なことは、自宅の居間で小庭の春夏秋冬を明晰に表現してくれる落葉樹を眺めながら、
私たちは談笑したりする時である。

このような心情を重ねてきた私は、殆どの御方は、長らく住まわれた地域こそが、
それぞれの過ごしてきた出来事の数多くの思いもあり、愛惜も加味され、
その御方ご自身が何よりも安楽な地、と私は感じ深めている。
しかしながら、私たち夫婦のどちらかが、足腰が悪くなった時は、
断腸の思いで、段差が多い自宅を売却して、駅前に近い2LDKぐらいのマンションを買い求めて、
付近にあるスーパー、病院を活用しょうかしら、と思案する時もある。
こうしたことは、いつの日にか分からない難題のひとつであり、
それまでは、今住んでいる安息な我が家で生活を過ごしたいなぁ・・と思い深めたりしている。
今回、経済アナリストの森永卓郎さんが、
海老名、八王子、入間、川島、久喜、茂原などの「都会田舎」に移住すれば、
夫婦で13万円で生活ができる論説には、微苦笑させられたりした。
しかしながら我が家より更に都心から離れ、やはり私の生家のある地には、
離れがたいよねぇ・・と微苦笑をしたりしている。