今住んでいる近くに生家があり、1944年〈昭和19年〉の秋に農家の三男坊として生を受けた。
この当時の生家は、祖父、父が中心となって先祖代々から農業を引き継いで、
程ほど広い田畑、雑木林、竹林などを所有し、小作人だった方の手をお借りながらも田畑を耕していた。
こうした中、私は長兄、次兄に続いて生まれた三男であり、
農家の跡取りは長兄であるが、この当時も幼児に病死することもあるが、
万一の場合は次兄がいたので万全となり、今度は女の子と祖父、父などは期待していたらしい。
私の後に生まれた妹の2人を溺愛していた状況を私なりに感じ取り、
私は何かしら期待されていないように幼年心で感じながら、
いじけた可愛げのない屈折した幼年期を過ごした。
そして私が地元の小学校に入学したのは、1951年〈昭和26年〉の春である。
私は小学校の学業は、兄ふたりは優等生であったが、
なぜかしら私は通信簿『3』と『2』ばかりの劣等生であった。
そして、この頃に生家にある本と云えば、
農協の発刊する月刊誌の『家の光』ぐらい記憶にない。
やがて小学5年の時、近くに引っ越してきた都心に勤めるサラリーマンの宅に行った時に、
居間にある書棚に本が並んでいたを見た時は、
私は子供心でも、眩暈(めまい)を感じたりした。
その後、私が都心にある高校に入学してから、
遅ればせながら、突然に読書に目覚めて、活字から綴られた底しれぬ内容はもとより、
行間から感じられる深淵に、圧倒的に魅せられた。

この間、小学4年生の頃から独りで、たびたび映画館に通ったりしてきた映画少年の体験も加わり、
高校3年を卒業するころから、映画専門誌の『キネマ旬報』に添付してあるシナリオなどを精読し、
古本屋まで行って買い求めたりし、 脚本家の橋本忍(はしもと・しのぶ)さんを神様のように信愛した。
やがて東京オリンピックが開催された1964年(昭和39年)の直前に、
映画の脚本家になりたくて、大学を中退した。
そしてアルバイトをしながら、映画青年の真似事をし、シナリオの習作をしたりしていた。
この間、専門養成所に入り、やがて講師の知人の新劇の長老から、
映画は衰退するばかりで、同じ創作分野だったら小説を書けば、と強く勧められたりした。
私は遅ればせながら高校に入学してまもなく、突然に読書に目覚めて、
この時から小説、随筆、ノンフェクション、月刊雑誌などを乱読してきた。
読書に魅せられるのは、創作者より、文字から伝えられる伝達力、創造力が
それぞれ読む時の感受性、知性、想像力により多少の差異があるが、
綴られた文章はもとより、この行間から感じられる圧倒的な魔力から、
高校生の時からとりつかれたのであった・・。
そして小説・随筆系は文学全集のひとつ中央公論社の『日本の文学』90巻を基盤として精読した上、
純文学の月刊誌『文学界』、『新潮』、『群像』、
中間小説の月刊誌『オール読物』、『小説新潮』、『小説現代』を購読したりし、
こうした中で、魅了された作家は20名ぐらいあったが、
圧倒的に魅せられたのは、井上 靖、そして立原正秋の両氏であった。
この当時の私は、アルバイト、契約社員などをしながら、習作をしていた。
そして確固たる根拠もなかったが、独創性はあると思いながら小説の習作したりし、
純文学の新人コンクールに応募したりしたが、当選作の直前の最終候補作の6作品の直前に敗退し、
こうしたことを三回ばかり繰り返し、もう一歩と明日の見えない生活をしていた。
こうした中、生家でお彼岸の懇親している時、親戚の小父さんから、
『今は若いからよいとしても・・30過ぎから・・家族を養えるの・・』
と素朴に叱咤された。
結果としては、30代に妻子を養う家庭のことを考えた時、
強気の私さえ、たじろぎ敗退して、やむなく安定したサラリーマンの身に転向を決意した。
そして何とか大手の企業に中途入社する為に、
あえて苦手な理数系のコンピュータの専門学校に一年通い、困苦することも多かったが卒業した。
やがて1970年〈昭和45年〉の春、この当時は大手の音響・映像のメーカーに何とか中途入社でき、
そして音楽事業本部のある部署に配属された。
まもなく音楽事業本部の大手レーベルのひとつが、外資の要請でレコード専門会社として独立し、
私はこのレコード専門会社に転籍させられた。
その後の私は、数多くのサラリーマンと同様に多忙な生活となり、
こうした中で、あるレコード会社の情報畑、管理畑に勤めながら、
特に水上 勉、庄野潤三、城山三郎、松本清張、山口 瞳、向田邦子、宮脇俊三、倉本 聡、浅田次郎の
各氏の小説・随筆、シナリオを読むことが多かった。
そして2004年(平成16年)秋に35年近く勤務し定年退職したが、
この最後の5年半は、リストラ烈風の中、はかなくも出向となったりした。
出向先は、各レコード会社がCD、DVDなどの音楽商品を委託している物流会社で、
不馴れな職場で、自分の敵は自分です、と自身を叱咤激励したりした。
こうした中で、先輩、同僚、後輩の一部は、やむなく退職を余儀なくされ、
私は何とか定年退職を迎えることができたので、敗残者のようなサラリーマン航路を過ごした。
このように私のつたないサラリーマン時代であり、
一流大学を卒業され、大企業、中央官庁などで、38年前後を邁進し栄達されたエリートとは、
私は遥かに遠い存在である。
私は定年退職するまで人生は、何かと卑屈と劣等感にさいなまれながら、つたない言動も多く、
せめて残された人生は、多少なりとも自在に過ごしたと思い、年金生活を始めた・・。
こうした中で、読書好きな私は、単行本、新書本、文庫本の書籍に於いては、
定年後からは特に塩野七生、阿川弘之、佐野真一、藤原正彦、嵐山光三郎、曽野綾子、三浦朱門、
高峰秀子、松山善三、櫻井よしこ、徳岡孝夫、中西輝政の各氏の作品を中核に購読している・・。
雑誌の月刊総合雑誌としては、『文藝春秋』は45年近く購読し、毎月秘かに逢える心の友のひとりとなっている。
そして『中央公論』、『新潮45』は特集に魅せられた時は購読したりしている。
そして私は本は、原則として本屋で買い求めたりしているが、
若き頃は、たとえ食事を抜いて、お金をためて購入したこともあったりした。
昨今はときおりコンビニで雑誌の月刊誌、週刊誌を購入する時もあるが、
街の本屋の衰退に嘆いているので、せめてと思いながらも、
アマゾン、楽天などネット購入は天敵と思いながら、利用したことない稀(まれ)な人となっている。
この間、図書館を利用したのは、数万円以上する高価な民芸品、美術品の豪華本に限り、
お借りして読ませて頂いたりしてきた。
私はどのような分野の本、音楽のレコード、CD、DVDは、
ネット上で公開されている以外は、無料という世界は避けているひとりである。
こうした私の信条を的確に表現していたは、内田樹(うちだ・たつる)さんが、
『街場のメディア論』(光文社新書)に於いては、表現されている。

私は2011年(平成23年)の春に購読している中、
《・・著作者は書き手から読み手への「贈り物」です。
だから、贈り物を受け取った側は、それがもたらした恩恵に対して、敬意と感謝を示す。
それが現代の出版ビジネスモデルでは「印税」というすかたちで表現される。
けれども、それはオリジネイターに対する敬意が、
たまたま貨幣のかたちを借りて示されたものだと僕は考えたい。
すばらしい作品を創り上げて、読者に快楽をもたらした功績に対しては、
読者は「ありがとう」と言いたい気持ちになる。
(略)
それはいくばくかの貨幣のかたちをとってオリジネイターに向けて返礼される。・・》
(引用元ページ・147、148ページ)
注)原文にあえて改行を多くした。

このように文愛人のひとりとして、言霊(ことだま)を信愛して、
物事、そして人の情愛まで思索を重ねれば、独有の表現力が養えると思いながら、
早や55年が過ぎている、と微苦笑する時もある。
そして年金生活を中、小説を読むことが減少して、
随筆、近現代史、現世のノンフィクションが多い、と苦笑したりしている。
今朝、いつもように読売新聞を読んでいると、
私の心の琴線(ことせん)が、読みに連れて次第に奏(かな)でた記事に、めぐり逢えた。
読売新聞の編集委員の鵜飼哲夫さんが、『「ウ」の目 鷹の目』と題した週間の寄稿文があり、
私は愛読者となっているが、今回は『本を買う 社会耕す』と明題されて掲載されていた。
無断であるが、大半を転記させて頂く。

《・・(略)現代ではインターネットなどで様々なニュースや論考を手軽に入手出来るが、
思いもよらぬ情報と出合う確率では、本や雑誌のほうが勝るのではないか。
作家・思想家の東浩紀さんは『弱いつながり 検索ワードを探す旅』(幻冬舎)で、
〈ネットでいくら情報が公開されていても、それは特定の言葉で検索しなければ手に入らない〉とし、
裏返して言えば、自分が必要とする検索ワードでばかり情報を探しても、
〈自分が見たいと思っているものしか、見ることができない〉とする。
その上で、世界を広げるには、
〈自分探しではなく、新たな検索ワードを探すための旅〉をすべきだと主張している。
本屋に通うのは、その旅の一つだ。
ネット書店での「この商品を買った人は、こんな商品も買っています」というお薦めを参考に
自分の世界を深めるのもいいが、それだけでは自分の興味・関心の内側をうろつくばかりである。
街の本屋に行けば、関心がなかった分野の本が偶然、目に入ることが多い。
新聞をめくっていてふと、面白そうなニュースに目をとめ、興味関心を広げる。
それと同じだ。

「本との出会い ゆたかな時間」という標語など、
読書というと、自分の人生を豊かにする効用ばかりが重視されるが、
本を買って読むことは、世のため人のため、文化のためにも大いに役立つ。
電子書籍など出版の最前線に詳しい専修大学文学部の植村八潮教授は、
初めて自分で本を買った中学1年のときのことをよく覚えている。
それはヘミングウェー『老人と海』の新潮文庫で、1冊90円だった。
それを買ったことを本好きの父親に報告すると、喜んで、こう語ったという。
「昔は文学とか芸術は、貴族とか特権的階級の人たちが支えていた。
でも今は、われわれ全員が支える時代だ。
本を買うことで印税が作家に回る。
みんなが少しずつ払うことで作家が新しい作品を生み出す。
つまり我々みんなが芸術のパトロンの時代になった」
印税は基本的に書籍価格の1割だから、1000円の本ならば100円が著者の収入となり、
それが次の創作に向けた投資になる。
お金持ちの資本家が会社をつくるのではなく、
一人ひとりの市民の出資で株式会社をつくるのと同じで、
小さな出資の積み重ねが、新たな創作を生み、芸術家を支え、文化を育む。
本を買って読むことは、自分が住む社会への投資でもあるのだ。

作家の山本周五郎は、「金銭について」という随想で、
〈私のもらう原稿料というものは、これは収入ではなくして、ジャーナリズムが、
私につぎの仕事をするために投資をしてくれているんだと思う〉と語っている。
投資があればこそ次の創作があるのであり、
読者がただでその成果を享受してばかりいては、いつしか新たな創作意欲は衰弱するだろう。
文化を表す英語culture(カルチャー)には、栽培という意味もある。
創作・研究とは、本人や社会にある素質、個性という種子を育て、花を咲かせ、実らせる行為ともいえる。
努力の成果の実りを、お金を出して買わなければ、
いつしか丹念にものを栽培し、いい実を結ばせる人はいなくなる。(略)・・》
注)原文にあえて改行を多くした。

こうした寄稿文を読むと、まぎれなく・・そうですよねぇ、
と私は瞬時に微笑みながら、賛意を深めている。
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